コラム:6・28通告書の毒素

6・28通告書の毒素
2008年6月28日付けで、社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会理事長副島宏克氏は、当労働組合=ユニオン東京合同に通告書を発した。
通告書に曰く、「別添『労使協約で既に実施されてきた事項』については、育成会と労働組合との間で合意したものではなく、また、育成会理事長の署名または記名・押印もされていないことから、育成会は、同文書を労使協約とは認めていません。然るところ、貴組合は、同文書が当会と職員との合意のもとに実施されてきた事項であると主張していますので、本年9月末日以降、同文書に記載された内容の取扱いを行わないことを念のため通告」するという。
だが、「別添『労使協約によって既に実施されてきた事項』」という文書は、これまで現場で積み上げられた各合意を集大成的したもので、いわばコンテンツの項目を示す目次のようなものであって、各合意の内容はそれぞれの文書などが別に存在したりするものの総括的なまとめに過ぎない。
集合的に集められた目録のようなものに記名・押印がないからといって、そこに含まれている各コンテンツが否定できる、ということになるという、この通告書の論理構造は全く理解しがたい。
たとえば、Aという出版社が現に施行されている法律をまとめたもの、つまりは六法全書などの類を出版したとしよう。この出版物の各法律のページにしかるべき所定のサインがついていないから、という理由で、各条文が国の法律としては無効になった、というような主張をするのにも似ている、といえばわかりやすいだろうか。
労働組合が存する以前から現場で実際に合意・実施されてきた内容・蓄積を、組合がそのように認識し、主張したからといって、今後はその「取り扱いを行わない」ということにすれば、どういうことになると思っているのだろうか。またわが身に振り返ってどうなるのか。
たとえば、誰かが育成会のこれまで積み上げてきた運動の成果を文書に簡単にまとめてみたとする。そのまとめ方が気に食わないとか、まとめた奴を好きでないからといって、育成会のこれまでの成果を捨て去ることにする人がいるのだろうか。
また、育成会が行政などとの交渉で確認してきた蓄積をBという人がCというタイトルの文書にまとめたとする。それをDという人が育成会はこんなにがんばってきたと認めたとしよう。さて、そのときに、「Cという文書には誰もサインしてないから、これまでの育成会のやってきたことはもう無効だ」ということを主張する人がいるだろうか。
これは単純に理解の程度がどうとか、というようなことではない。過去に積み上げた蓄積とか合意とかいうものを勝手に一方的に捨て去っていい、という態度・考え方があることを示している。世に言われる「新自由主義」の潮流が好む手法でもある。実に、育成会という団体が、会員の衆知を集めていこうという志向から全く外れて、一部の身勝手なその時の気分で運営してもいい、という勘違いが起こっている。全く障害者の権利擁護にはなじまないことが進行しているのだ。これはやがて中毒のように育成会の全身を麻痺させることになるであろう。そのうち、「障害者権利擁護団体」とは思えない主張を展開するようにもなるだろう。
したがって、労働者の権利が侵害されるから反対する、という理由だけではもはや、この事態を説明もできないし、主張しても全体像とは言えない。障害者の権利も含めて全ての人権の放棄を進めてしまう手法だからである。この点において絶対に容認できないものである。育成会がターンできない地点にさしかかろうとしていることが危惧されてならない。(礫)

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